第2弾 宮城県気仙沼市 鹿折小学校 (4月29日)

文部科学省 東日本大震災子供の学びポータルサイトに掲載されていたパソコン支援の要請に基づき、4月29日支援へ行って参りました。

 

まず今回の支援に関し、ご協力いただいた方および企業団体をご紹介いたします。
当店の企画の趣旨にご賛同いただき、ありがとうございました。

株式会社アペックス 様 パソコン3台及びネットワーク機器一式

国立大学法人 東京藝術大学 様 パソコンモニター5台、インクジェットプリンタ3台
(+レーザープリンター一式[大きいため今回見合わせ、現地の状況を見て今後送付])

ネットピークス 前田様 パソコン2台

神奈川県 斉藤様 パソコン一式

株式会社栄町オサダ 様 事務用品一式(朱肉、スタンプ台、ボールペン、定規他)

会津若松市 小島文博様 パソコン一式

北海道 相原丈明様 文具一式



当日の模様

2011年4月29日 午前6時30分出発
東北道を北上し気仙沼最寄りの一関インターチェンジへ向かう

一関市内、地震による建物の半壊はあちらこちらで見られた

気仙沼へ向かう道は所々地割れ跡があるが、走行に問題はない。
ゴールデンウィーク初日ともあり、都内からのボランティアツアーのバスも見られた。

気仙沼到着正午前。現地の協力者(後述)と合流し、気仙沼市内を案内してもらう。
現地で被災状況を確認するには、捜索や復興の妨げにならないよう現地の人の案内は必須である。

気仙沼駅。内陸に存在したため津波の被害には遭っていない。

しかし、坂を下るとある所から津波で崩壊した建物が目立つ。

気仙沼港に到着。瓦礫の山と化していた。

少し移動すると、船の損傷が激しい地区に到着する。
津波によって船体が挫傷し燃料室が損傷。そこから重油が漏れ引火し大火災になった跡である。

どこからか流れてきたパソコンが落ちていたりもした。

左向こうの岸壁と、右手前の岸壁は同じ高さだったとのこと。地盤が沈下し潮が入ってきている。
この時間は干潮だったが、満潮時はこの岸壁がかなり浸水するとのこと。

支援パソコンを納品に鹿折地区を目指す。しかし、この鹿折地区は気仙沼の中で最も被害の大きい所であった。

鹿折地区にあるJR気仙沼線の駅「鹿折唐桑」、目的地の小学校へはここから約1Km。
駅前の状況は見るも無残な状況だった。

この駅をでると、目の前に大型漁船が姿を表す。ここから海岸まで1Kmちょっと。そこから津波で流されてきたのである。

鹿折唐桑駅前のようす(Microsoft PhotoSynthで撮影。要InternetExplorer)

午後1時、無事に鹿折小学校に到着。

実は鹿折小学校の校舎は昨年12月に完成したばかりであり、完成からわずか3ヶ月で津波に飲まれてしまったのである。
しかも、体育館は津波から4日後の3月15日完成予定で工事中だったとのこと。

校舎入り口は綺麗になっているが、津波直後はヘドロで真っ黒だったとのこと。
壁を見ると津波の跡が残っている。

車に積んであった支援物資おろし、設置を行う。
1階は津波をかぶったため電気系統の安全性が確認できず、2階の図書室を仮の職員室にしています。

<<今回支援させていただいたパソコンその他機器類の紹介。>>
左の写真のパソコンはモニターが東京藝術大学様パソコン本体がネットピークス様提供です。
これと同様のパソコンがもう一式寄付しております。

奥のDELLデスクトップおよびモニターが株式会社アペックス様提供のパソコンです。
写真にはありませんが、アペックス様提供のパソコンはあと2式寄付しております。

神奈川県斉藤様を含め3台、ノートパソコンを寄付させていただいております。

東京芸術大学様提供のインクジェットプリンタ3台です。

寄付したレーザープリンタの設置です。
本来ならば東京藝術大学様提供のレーザープリンタを持っていくべきでしたが、車に積載不能であったためと現地小学校のスペースの問題で小型のレーザープリンタを当店が用意し設置しました。
東京芸術大学様のレーザープリンタは現地の受け入れ態勢ができ次第発送の予定です。

現地の方々と当店メンバーで撮影。
手前左の黄色と水色ジャンパーを着ている方が鹿折小学校教頭の藤村吉助さまです。
また、後列中央の赤いジャンパーを着ている人が気仙沼市でパソコン修理や教室を行っている上田克郎さまです。
上田さまには今後パソコン寄付事業において現地の調整をしていただけるとのことで大変感謝しております。

鹿折小学校校舎には各地からの支援メッセージも貼ってありました。

作業後、気仙沼市鹿折地区を一望できる高台を上田さまに案内していただきました。

気仙沼の現状と今後

まず、震災50日時点で「住民の避難および行方不明人の捜索」という復興第一段階から「復興を目指し動き始める」第二段階へ入ってきていることを実感しました。
すでに以前支援した宮城県山元町や福島県相馬市などでは、瓦礫の片付けがほぼ終わっていますが、気仙沼市はまだやっと道路に手が入ったという段階です。
ですが、気仙沼市内の企業、団体は再生へ向け踏み出しており、必要な物資の中心も今までの「着物」「食料」から「事務用品」のような企業、団体活動が再開するために最低限必要な物資に変わりつつあります。

ただ、一つ問題なのは現地のインターネット環境がまだ復旧していないという現実があります。
一部の携帯電話は通じるようになっておりますが、津波の被害を受けない内陸でも一部光通信が繋がっておりません。
よって、鹿折小学校の文部科学省ホームページに掲載されている支援要請はしばらくそのままになります。
なお、文部科学省ホームページ上の支援要請は鹿折小学校から現地対策本部に要請した内容を対策本部関係者が文部科学省のホームページに転載したものです。

国にはいち早いネット環境の復旧を望みます。

現地の上田克郎様(ウエダ商会パソコン救助隊)のご協力を今後もいただけることになりましたので、ピーシーアシストAIZUでは引き続き気仙沼市を支援してまいります。また、同様の状況になっていると思われる南三陸町、岩手県陸前高田市、宮古市なども視野に入れてまいります。